

心不全の浮腫に使うイメージですが、ADPKDや肝硬変でも使いますよね。禁忌やモニタリングが多い印象で、要点をもう一度しっかり押さえておきたいです。

前書き
トルバプタンは、バソプレシンV2受容体拮抗薬に分類され、腎集合管のアクアポリン-2発現を抑制して水のみの排泄(aquaresis)を促すのが特徴です。日本では、
心不全に伴う体液貯留、肝硬変に伴う体液貯留、
そして常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)の進行抑制に適応を有します。
本記事は添付文書の記載に則って、医療従事者が臨床で即活用できるよう、適応・用法用量・禁忌/原則禁忌・警告/重要な基本的注意・モニタリングを、現場での判断ポイントとともにセクションごとに提示します。
- 対象読者:薬剤師・医師・看護師など医療者
- 出典方針:添付文書/公的機関/学会ガイドライン/査読論文のみ(広告・二次情報は除外)
- 表記方針:薬機法に抵触する表現は使用しません
本文
作用機序
トルバプタンはバソプレシンV2受容体拮抗薬に分類されます。腎集合管のV2受容体を阻害し、アクアポリン-2(AQP2)の細胞膜への移行を抑制します。これにより、水の再吸収が抑えられ、電解質バランスを大きく崩さずに「水のみ」を排泄することが可能になります。この作用は水利尿(aquaresis)と呼ばれ、従来の利尿薬と一線を画す特徴です。
適応症
- 心不全における体液貯留
- 肝硬変における体液貯留
- 常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)の進行抑制
特にADPKDに対する適応は世界的にも稀少であり、嚢胞の増大抑制作用が期待されています。
用法・用量
対象疾患 | 通常投与量 | 増減範囲 |
---|---|---|
心不全・肝硬変 | 7.5mg 1日1回経口 | 最大60mg/日まで |
ADPKD | 60mg/日(分2)から開始 | 30〜120mg/日(分2) |
副作用
主な副作用は以下の通りです:
- 口渇、多尿(作用に基づく)
- 高ナトリウム血症
- 肝機能障害(AST/ALT上昇、重度の肝障害例あり)
特にADPKDの治療では、肝障害のリスクが問題となるため、定期的な肝機能モニタリングが必須です。
禁忌(投与してはならない)
- 無尿の患者
- 水分摂取が困難、または口渇を自覚・対応できない患者(意識障害、高度の嚥下障害 等)
- 高ナトリウム血症の患者(血清Na高値)
- 重篤な脱水・循環血漿量減少がある患者
- 本剤の成分に対し過敏症の既往がある患者
- 強力なCYP3A阻害薬を投与中の患者(※相互作用参照)
- 妊婦または妊娠している可能性のある女性
※ 採用薬の添付文書改訂により文言が異なる場合があります。院内版・最新版で必ず照合してください。
相互作用(併用に注意/禁忌)
1) 代謝酵素・トランスポーター
区分 | 薬剤例 | 影響/対応 |
---|---|---|
強力なCYP3A阻害薬 (併用禁忌/原則禁忌) |
イトラコナゾール、ケトコナゾール、ボリコナゾール、クラリスロマイシン、テリスロマイシン、リトナビル/コビシスタット含有薬 など | 血中濃度↑ → 重篤な副作用リスク↑。原則併用しない。 |
中等度のCYP3A阻害薬 | ジルチアゼム、エリスロマイシン、フルコナゾール 等 | 血中濃度↑。用量調整や厳格モニタリングを検討。 |
CYP3A誘導薬 | リファンピシン、カルバマゼピン、フェニトイン、フェノバルビタール、エファビレンツ 等 | 血中濃度↓、効果減弱。併用回避または効果判定に基づき調整。 |
グレープフルーツ(CYP3A阻害) | グレープフルーツ果汁/果実 | 血中濃度↑の可能性。摂取を避ける指導。 |
2) 薬理作用の相加・拮抗
- 他の利尿薬(ループ/サイアザイド等):利尿作用が相加 → 脱水・高Na血症・腎前性悪化に注意。電解質・体重・尿量をこまめにモニター。
- RAAS阻害薬(ACE/ARB/ARNI、MRA):循環動態変化により腎機能やKの推移を観察(高Kは本剤固有ではないが併用全体で評価)。
- デスモプレシン:薬理拮抗(V2刺激 vs V2遮断)。併用の適否を慎重検討。
- ナトリウム制限/水分制限の厳しすぎる療法:高Na血症・脱水を助長。自己判断の飲水制限は禁止を指導。
3) 実務の鑑査ポイント
- 処方入力時にCYP3A阻害/誘導薬の併用を自動チェック(抗菌薬・抗真菌薬・抗てんかん薬が要注意)。
- 院外処方ではグレープフルーツ摂取の注意喚起文を併記。
- 開始〜増量時はNa/Cr・体重・尿量を短期スパンで確認し、異常時は中止/減量の連絡導線を明確に。
使用上の注意
禁忌
- 無尿の患者
- 低Na血症の患者
- 体液量減少のある患者
併用注意
- CYP3A阻害薬(クラリスロマイシン、イトラコナゾールなど)
服薬指導のポイント
- 十分な飲水を行うよう指導すること(高Na血症予防)
- 定期的な採血(電解質・肝機能検査)が必要であることを伝える
トルバプタンは入院中に使用開始?
結論:トルバプタンは原則、入院下で開始します。
- 急激な水利尿作用:投与後数時間で尿量が増加 → 体重・尿量・血清Naの頻回チェックが必要。
- 高ナトリウム血症リスク:Naが急上昇し痙攣・意識障害を来す可能性 → 投与6〜8時間後にNa測定を必須。
- 腎機能急変:循環血漿量減少により急性腎障害のリスク。
- ADPKD:肝障害リスクがあり、添付文書でも入院導入が必須。
トルバプタンの利尿作用の強さ
トルバプタンは「水利尿(aquaresis)」を特徴とする薬剤です。ループ利尿薬と比較するとNa排泄作用は弱いですが、水だけを効率的に排泄する点がユニークです。
- 心不全患者:投与後数時間で尿量が数百mL〜1L/日増加
- ADPKD患者:2〜5L/日程度の尿量増加が報告されている
- K排泄はほとんどなく、低K血症リスクは少ない
- ただし血清Na上昇(高Na血症)には要注意
他の利尿薬との比較
薬剤 | 作用部位 | 主な利尿作用 | Na排泄 | 特徴 |
---|---|---|---|---|
ループ利尿薬(フロセミド等) | ヘンレ上行脚 | 強力なNa利尿 | ↑↑ | 即効性が高いが耐性あり、低K血症リスク |
サイアザイド系 | 遠位尿細管 | 中等度のNa利尿 | ↑ | 長期作用、降圧効果あり |
トルバプタン | 集合管(V2受容体拮抗) | 水利尿 | → | 電解質保持しつつ尿量↑、高Na血症に注意 |
トルバプタンは朝服用がよい?
結論:トルバプタンは朝服用が推奨されます。
- 利尿作用が4〜8時間持続 → 夜間服用では夜間頻尿・睡眠障害の原因となる
- モニタリングが容易 → 投与6〜8時間後に血清Na測定が必要なため、日中の観察に適する
- ADPKDの分2投与も「朝+午後(夕方前まで)」が原則
- 夜間服用は避ける(頻尿・睡眠障害の予防)
実際の臨床運用
- 心不全・肝硬変の体液貯留: 入院中に7.5mg朝1回から開始 → 翌日まで体重・尿量・Naを観察。
- ADPKD: 入院下で「朝45mg+午後15mg」などから開始。Na・肝機能・尿量を短期スパンで確認。
- 外来での開始: 添付文書上は禁止ではないが、リスク管理上、ガイドラインも入院下開始を推奨。
モニタリングの流れ(例)
時期 | 検査・観察項目 |
---|---|
投与前 | Na、K、Cr、BUN、肝機能、体重、尿量 |
投与6〜8時間後 | Na、尿量、バイタル、口渇の有無 |
翌日朝 | Na、K、Cr、体重 |
以降1週間程度 | 隔日または週2回で電解質・腎機能を確認 |
ADPKD継続投与 | 開始初期は肝機能を毎月、その後も定期的に検査 |
症例・実践例
心不全患者での使用例
70歳男性、うっ血性心不全で入院。フロセミド40mg/日を投与するも浮腫と肺うっ血が改善せず。Na値は正常。
トルバプタン7.5mgを追加したところ、翌日より尿量が増加し、体重が−1.5kg減少。呼吸困難も軽減した。
- ポイント:利尿薬抵抗性の浮腫に対し、水利尿作用で追加効果が期待できる。
- 注意:口渇・電解質異常に注意し、毎日体重・尿量を記録する。
ADPKD患者での使用例
40歳女性、常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)。腎容積の増大が進行し、GFR低下が懸念されていた。
トルバプタンを60mg/日(分2)で開始し、定期的に肝機能と腎機能をフォロー。半年後の腎容積増大スピードが抑制されていることを確認。
- ポイント:嚢胞増大の進行抑制に有効性が認められている。
- 注意:肝障害リスクがあるため、月1回以上の肝機能検査が推奨される。
肝硬変患者での使用例
65歳男性、肝硬変による腹水で利尿薬治療中。スピロノラクトン・フロセミド併用でも腹水が残存。
トルバプタンを7.5mgで追加したところ、腹水が徐々に減少し、腹部膨満感が改善。
- ポイント:腹水コントロールが難しい症例で追加選択肢となる。
- 注意:過度の水分制限を避け、飲水指導を徹底する。
症例・実践例
症例1:利尿薬抵抗性の心不全に対する追加投与
患者:70歳台男性。HFrEF(LVEF 30%)、NYHA III、体重増加+末梢浮腫。フロセミド80mg/日+スピロノラクトン25mg/日でも尿量乏しく体液貯留が継続。
介入:トルバプタン7.5mg 1日1回 朝追加。水分摂取の自己管理表を配布し、体重・尿量・口渇の記録を依頼。
モニタリング:開始後6–8時間のNa/K/クレアチニン、以後は翌日朝と隔日で電解質を確認。過度の口渇や高Na兆候があれば一時中止を検討。
経過:翌日体重−1.2kg、尿量増加。血清Na 138→141 mEq/L、K変化なし。浮腫軽減を認め、7.5–15mg の範囲で調整。
- 実務Tip:朝投与(就寝前多尿を避ける)、飲水の自己抑制は禁忌であることを強調。
- 相互作用:CYP3A阻害薬の併用歴を必ず確認。
症例2:肝硬変に伴う体液貯留(難治性腹水)
患者:60歳台女性。肝硬変(Child-Pugh B)。スピロノラクトン+フロセミドでコントロール不十分、腹部膨満強い。
介入:トルバプタン7.5mg 朝内服開始。低Na血症の有無を事前に評価し、飲水制限は安易に行わない方針を共有。
モニタリング:開始当日と翌日のNa、腎機能、BUN/Cr比、体重、腹囲。排液/穿刺時は電解質の急変に注意。
経過:腹部膨満感の軽減と体重−0.8kg。高Na血症や腎前性上昇の兆候なし。便秘悪化の訴えがあり、下剤を適正化。
- 実務Tip:口渇→自己判断の飲水制限が高Na血症を招き得るため、「喉の渇きに応じて飲む」を明確に指示。
- 注意:肝機能悪化や眠気・口渇の訴えに対し過量を疑う。日内利尿が大きい日は降圧薬の調整を検討。
症例3:ADPKD 進行抑制目的の長期投与
患者:40歳台男性。ADPKD、eGFR 55 mL/min/1.73m²、頻尿・口渇が懸念で開始時不安あり。
投与設計(例):朝45mg+午後15mg(計60mg/日)から開始し、忍容性と尿量をみて最大120mg/日(朝90mg+午後30mg)まで段階的に増量。
モニタリング計画:開始前/開始後2週間以内に肝機能(AST/ALT/ビリルビン)、以降は毎月→安定後は間隔延長も検討。電解質・体重・尿量・口渇スコアを併記した自己記録シートを使用。
服薬指導:就寝前投与は避ける(夜間頻尿を回避)。長時間の発汗・断水が予想される日は担当医へ連絡し、一時休薬の判断を仰ぐ。
- 継続支援:最初の1–2か月は口渇・多尿が強いが、多くは数週で自己管理に慣れる。「水筒携帯」と「塩分の過剰補給を避ける」を指導。
- 注意:肝機能異常(倦怠感、黄疸、暗色尿)があれば直ちに中止・受診を案内。
実践アルゴリズム(外来/病棟)
- 開始前評価:Na・K・Cr・BUN・肝機能・体重・尿量・口渇/口内乾燥の評価、併用薬(CYP3A相互作用)を棚卸し。
- 開始:朝内服。心不全/肝硬変は7.5mgから、ADPKDは分2レジメンで。
- 初期モニタ:投与同日6–8時間後と翌朝にNa・Crを確認(入院が望ましい状況では院内で)。
- 用量調整:尿量・体重の変化と口渇を指標に、7.5→15→30→60mgと段階的に(ADPKDは60→90→120mg/日)。
- 継続評価:週1回程度の電解質と体重グラフを確認。ADPKDは肝機能を厳格に。
- 中止/休薬基準:高Na血症、脱水、急性腎機能悪化、肝障害兆候時は中止し、原因検索。
指導・鑑査チェックリスト
- 自己判断の飲水制限は禁止(高Na血症のリスク)。
- 就寝前投与は避ける(夜間頻尿対策)。
- 発汗・下痢・嘔吐時は脱水に注意し、必要に応じて受診/一時休薬の相談。
- 相互作用:イトラコナゾール、クラリスロマイシン、グレープフルーツ等のCYP3A阻害を確認。
- 運転・危険作業:急な口渇・倦怠を自覚したら無理をしないよう指導。
まとめ
トルバプタンはバソプレシンV2受容体拮抗薬として「水利尿」を誘導するユニークな薬剤です。心不全・肝硬変に伴う体液貯留、さらにADPKDの進行抑制という希少な適応を持ちます。
- 従来の利尿薬と異なり「Na排泄を伴わない水排泄」を実現
- 利尿薬抵抗性の浮腫やADPKDにおける嚢胞進展抑制で重要な役割
- 高Na血症・肝障害のリスク → 定期的なモニタリングと適切な飲水指導が必須
- 開始は必ず入院または厳格な監視体制下で行うことが望ましい
臨床での安全な使用には、添付文書に基づいた管理とチーム医療での情報共有が欠かせません。
よくある質問
Q1. トルバプタンはループ利尿薬とどう違うのですか?
A1. ループ利尿薬はNa-K-2Cl共輸送体を阻害し「Na排泄を伴う利尿」を起こしますが、トルバプタンはV2受容体を阻害し「水のみを排泄」します。
Q2. ADPKDの治療ではなぜ定期的な肝機能検査が必要なのですか?
A2. トルバプタンは肝障害を起こすリスクがあり、重度の肝機能障害例も報告されています。そのためADPKD治療では定期的な採血によるモニタリングが必須です。
Q3. 服薬指導で最も注意すべき点は何ですか?
A3. 口渇と多尿に対する適切な飲水指導、および定期的な検査(肝機能・電解質)を受ける必要性を伝えることです。
Q4. トルバプタン開始は外来でも可能ですか?
A4. 添付文書上は可能ですが、高Na血症や腎機能悪化のリスクがあるため、入院または厳格な監視下での開始が推奨されます。
Q5. 水分摂取量はどのように指導すべきですか?
A5. 「喉の渇きに応じて飲む」ことを原則とし、自己判断での飲水制限は避けるように指導します。
参考文献
- サムスカ®添付文書(大塚製薬株式会社、改訂年月 2024年)
PMDA 添付文書PDF
最終確認日:2025-09-19 - 日本循環器学会. 急性・慢性心不全診療ガイドライン(2021年改訂版 フォーカスアップデート)
J-Stage 掲載版
最終確認日:2025-09-19 - Torres VE, Chapman AB, Devuyst O, et al. Tolvaptan in patients with autosomal dominant polycystic kidney disease.
N Engl J Med. 2012;367(25):2407-2418.
doi:10.1056/NEJMoa1205511
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