咳でイナビルが吸えない！薬剤師が教える安全な再吸入と患者指導のコツ

インフルエンザ治療薬のイナビル（一般名：ラニナミビルオクタン酸エステル）は、基本1回の吸入で治療が完結します。

だからこそ、咳やむせで吸えなかった／粉が飛び散った時のリカバリーが重要。

この記事では、薬局薬剤師の視点で、安全第一の対処、再処方の判断、小児・高齢者への声かけ、新人教育のコツまで、一次資料に基づいて丁寧に解説します。

イナビルの基本：まず押さえる3つ

• 用量：10歳以上は40mg（20mg×2容器）、10歳未満は20mg（20mg×1容器）を単回吸入。
• 開始タイミング：発症から48時間以内が推奨。
• 厳禁：飲まない・舐めない（吸入専用）。

1回完結型のメリットは大きい一方で、失敗時の取り返しが効きにくいのが弱点。落ち着いて、確実に吸入しましょう。

粉が飛び散った／むせて吸えない時の“優先順位”

1. 安全確保：装置を水平に置き、舐めたり目に入れたりしない。粉は回収せず拭き取り・廃棄。
2. 体勢リセット：座位で背筋を伸ばし、口でゆっくり息を吐く→装置をくわえる→一気に深く吸入。息止めは5〜10秒を目安に無理なく。
3. 残量確認：成人は2容器、10歳未満は1容器が規定量。どれだけ吸えたか不明・大量にこぼした場合は薬剤師/医師へ連絡。

患者タイプ別：声かけテンプレ＆実践コツ

高齢者

• 指差し確認：「ここをカチッ→くわえて→スーッ」
• 合図：「私が『今です』と言ったら吸いましょう」
• 休息：「むせたら5分休憩→再吸入」

小児（10歳未満）

• 見本呼吸：「ママと一緒に魔法の息で吸うよ」
• ゲーム化：「10まで数えられたらヒーロー！」
• ご褒美：成功シールで成功体験を刻む

忙しいビジネスパーソン

• 要点3つ：「焦らない・飲まない・やり直せる」
• 場所選び：人の少ない静かな部屋で
• 時間帯：咳が落ち着くタイミングに

よくある誤解と“返し方”

患者の言葉	薬剤師の返し方
粉を舐めたら効きますか？	いえ、吸入専用です。飲んでも効果は期待できません。口に入ったら軽くうがいでOK。
咳き込んで全部出ました…	装置内に残っている分を落ち着いて再吸入しましょう。規定量不足が疑わしければ医師に連絡します。
入浴後に吸っていい？	湿度が高いと粉が固まりやすいので避けるのが無難です。
吸った後すぐ寝てもOK？	問題ありません。ただしむせ込みが落ち着いてから横になりましょう。

現場エピソード：失敗→成功のストーリー

ケース1：咳で粉が舞った高齢者

咳発作で粉が床に飛散。回収せず廃棄を伝え、姿勢と吸気を再指導。5分休憩→再吸入で完遂。翌日のフォローで発熱低下を確認。

ケース2：小児が怖くて拒否

保護者の見本呼吸＋「3・2・1・すー」の合図で成功。一回の成功体験が次の治療行動を支える。

ケース3：成人で2容器中1容器のみ

疲労で吸気が浅いパターン。水分補給→5分休息後に再挑戦。合計40mgの完遂を重視。

薬剤師の現場判断：再処方ラインの見極め

状況	対応	ポイント
むせて一部のみ吸入	再吸入で取り切る	舐めない・飲まない
床に大量こぼし	廃棄して医師へ相談	48時間の治療ウィンドウ
成人で2容器中1容器のみ	症状と経過を整理して連絡	用量不足の懸念
小児で1容器の一部のみ	再吸入→不足なら相談	早期連絡が鍵

新人薬剤師のための指導フロー

1. 実演：デモ器で一連の動作を見せる
2. 説明：要点は「焦らない・飲まない・やり直せる」
3. 本人練習：見本呼吸→実際の吸入
4. 評価：吸気の深さ・むせの有無・粉残り
5. 褒める：小さな成功を即時フィードバック
6. 記録：薬歴に手技・理解度・フォロー予定を明記

フォローアップ：電話での聞き取りテンプレ

• 「吸入後、咳・息苦しさは落ち着きましたか？」
• 「口の中に粉っぽさは残っていませんか？」
• 「発症からの時間と症状の変化を教えてください」

これらの確認で、再処方のタイミングを逃さないだけでなく、患者の安心にもつながります。

さらに深掘り：患者心理×手技の“つまずきポイント”

• 過緊張：吸入速度が速すぎ→吸気を2拍子で「スー・長く」に修正
• 湿度：入浴直後や浴室は避ける→粉の固着を防ぐ
• 装置の角度：斜めで粉が出にくい→水平保持を徹底

チェックリスト：吸入前後に確認したいこと

• 咳が落ち着くタイミングか
• 水分を少量摂ったか
• 背筋を伸ばして座れているか
• 吸入後に粉残りの感覚がないか

よくある質問

Q. こぼれた粉を少し舐めてしまいました。大丈夫？

少量で重篤な問題は起きにくいですが、本剤は吸入専用。飲んでも適切な効果は期待できません。今後は舐めず、再吸入で取り切りましょう。異変があれば受診を。

Q. むせてうまくいきません。やり直してもいい？

はい、再吸入OKです。姿勢と吸気を整え、5分休んでから再挑戦しましょう。

Q. 吸入後にうがいは必要？

必須ではありません。口腔の粉残りが気になる時は軽くすすぐ程度でOKです。

Q. 乳アレルギーですが使えますか？

賦形剤として乳糖を含むため、重い乳タンパクアレルギー既往がある方は事前に医療者へ相談してください。

Q. 成人で2容器のうち1容器しか確実に吸えていません。

発症からの経過（48時間以内か）と症状を整理して主治医へ連絡を。追加の要否は医師判断です。

Q. 予防投与の時も同じ？

予防では処方設計が異なる場合があります。自己判断せず、必ず医師・薬剤師に確認してください。

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患者指導を成功に導く“声かけ”

ここからは、現場でそのまま使える声かけテンプレを一気に掲載します。状況別に短くキメるのがコツ。否定だけでなく代替案を常にセットに。

状況A：むせて中断した（自宅）

• 「いまは休憩でOK。5分休んで、咳が落ち着いたらやり直しましょう。」
• 「粉は飲まずに、装置の中に残っている分を使えば大丈夫です。」
• 「背もたれに軽くもたれて、顎を少し引くと吸いやすいですよ。」

状況B：粉が床に飛散した

• 「粉は拾わない・舐めない。そのまま拭き取りでOKです。」
• 「量がかなり減った感じなら、発症からの時間を教えてください。医師へ相談します。」

状況C：小児が怖がる

• 「せーので一緒にスーって吸おう。10数えられたらヒーローだよ。」
• 「終わったらシールを貼ろう。がんばりポイントを集めようね。」

状況D：高齢者で吸気が浅い

• 「肩の力を抜いて、息を吐いてからくわえましょう。」
• 「一気にではなく、長くまっすぐ吸うイメージです。」

状況E：忙しくて焦っている

• 「要点は3つ：焦らない・飲まない・やり直せる。」
• 「静かな場所で1分だけ自分の呼吸に集中してから始めましょう。」

再吸入の判断フローチャート（文字版）

【開始】吸入に失敗？ → はい
  ├─ 粉が床に大量飛散？ → はい → 飲まずに廃棄 → 発症からの時間を確認 → 48時間以内なら医師へ連絡（再処方検討）
  │
  └→ いいえ（装置内に薬が残る） → 5分休憩 → 姿勢リセット → 再吸入
        ├─ 成人：2容器完遂できた？ → できた → 終了
        └→ できない/不明 → 症状・時間を整理 → 医師・薬剤師に相談

薬局掲示・配布用ミニポスター

教育：新人薬剤師のロールプレイ台本

台本：高齢者への指導（所要3分）

1. 挨拶＋安心づくり：「焦らなくて大丈夫です」
2. 手順の可視化：指差しで「ここをカチッ→くわえて→スー」
3. 練習：薬剤師が見本呼吸→患者が追従
4. 本番：むせたら中止→5分休憩→再吸入
5. 評価：粉残り感・咳の有無を確認して終了

台本：小児への指導（所要3分）

1. 導入：「魔法の息でウイルス退治しよう！」
2. 合図：「3・2・1・すー」
3. 終了の称賛：「できた！ヒーロー！」→シール

患者さん配布用：セルフチェックカード

• ☐ 咳が落ち着く時間に吸った
• ☐ 口で息を吐いてからくわえた
• ☐ 一気に深く吸えた／5〜10秒息止め
• ☐ 粉を飲まず、残りは再吸入で使った
• ☐ 不足が疑わしいときは医療機関に連絡した

感染対策と比較コラム、そして“安心を届ける力”

家庭内での感染対策：吸入時の環境づくり

• 同室者は距離をとり、換気を行う
• マスクを外したら会話は最小限に
• 使用後は手指消毒・装置の外表面を拭き取り

イナビルと他剤のざっくり比較（患者指導の視点）

薬剤	投与形態	利点	指導の要点
イナビル	吸入（単回）	1回で完了、持続性	失敗時は再吸入、飲まない
リレンザ等	吸入（数日）	分割投与でリカバーしやすい	手技の継続性、衛生管理
タミフル等	内服	吸入不要、手技依存が小さい	服用継続のモチベーション

患者背景や生活環境によって最適解は変わります。「なぜこの薬なのか」を短く説明できると理解と納得が深まります。

コラム：安心のデザイン（心理学の4段階）

1. 情緒の安定：深呼吸・座位・ゆっくり話す
2. 理解の明確化：要点3つに集約
3. 成功体験：小さな達成を褒める
4. 再発防止：チェックリストとフォロー電話

この流れを踏むと、患者の不安→自信→継続へと自然につながります。

追加FAQ：細かな疑問をまとめて解決

Q. 吸入中に家族がくしゃみをしました。やり直し？

やり直しは不要です。患者自身の吸入が途切れた場合のみ再吸入を検討します。

Q. 眼鏡・コンタクトは外すべき？

基本は装着のままで問題ありません。ただし粉の飛散が気になる場合は一時的に外して実施しましょう。

Q. 喉がヒリヒリします。

むせやすいサインです。白湯で口を潤して5分休憩の後に姿勢と吸気を修正して再挑戦を。

Q. うがい薬でうがいしてもいい？

基本は水または白湯でOK。刺激の強いうがい薬は咽頭刺激を増すことがあります。

Q. 予防投与の家族が近くにいます。吸入は別室がよい？

はい、別室・換気を推奨します。飛散や会話での曝露を減らせます。

ミニ用語集（患者説明に使える短文定義）

• 吸入専用：飲まずに吸って使う薬のこと。
• 再吸入：むせた時に装置に残った粉をもう一度吸うこと。
• 賦形剤：薬の形を作る成分。イナビルには乳糖が含まれる。
• 48時間ルール：発症後48時間以内の開始が望ましいという目安。

短文まとめ：今日から使える“3行指導”

① 飲まない／拾わない　② 5分休んで再吸入　③ 不足は早めに相談

まとめ：焦らず、飲まず、やり直せば大丈夫

• こぼしても舐めない・飲まない。安全最優先で清掃。
• むせたら休憩→再吸入。装置内の薬剤を確実に取り切る。
• 規定量が怪しい・大量にこぼしたら、48時間以内に受診／相談。
• 小児は見本呼吸＋合図で成功率UP。高齢者はゆっくり深く。

参考文献

1. PMDA. 医療用医薬品情報：イナビル吸入粉末剤20mg（添付文書・患者向医薬品ガイド等, 最終確認日：2025-10-21）
   URL: https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/rdDetail/iyaku/6250703G1022_1?user=1
2. 第一三共 イナビル よくある質問：吸入に失敗した場合の対処（最終確認日：2025-10-21）
   URL: https://www.medicalcommunity.jp/products/brand/inavir/faq/inavir_783
3. 環境再生保全機構（ERCA）正しい吸入方法：イナビル（最終確認日：2025-10-21）
   URL: https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/basic/adult/control/inhalers/method10.html
4. KEGG DRUG. Laninamivir octanoate hydrate (D09547)（最終確認日：2025-10-21）
   URL: https://www.genome.jp/dbget-bin/www_bget?dr%3AD09547

 

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