


前書き:抗生物質(抗菌薬)に「耐性ができる」ってどういう意味?

「抗生物質に耐性ができる」という言い方は、日常会話ではよく使われます。ですが医学的には、
“人の体が薬に慣れる”のではなく、“細菌(ばい菌)が薬に負けない性質を獲得する”ことを指します。
この「薬が効きにくい/効かない細菌」が増えると、これまで治っていた感染症が治りにくくなり、治療が長引いたり、重症化したりするリスクが上がります。
厚生労働省のAMR(薬剤耐性)対策でも、薬剤耐性は公衆衛生上の大きな課題として位置づけられています。
さらにWHOも、抗菌薬を含む抗微生物薬が効かなくなる「AMR(Antimicrobial Resistance)」を世界的な脅威として挙げ、人・動物・環境にまたがる対策(One Health)の重要性を強調しています。
本文:抗生物質の「耐性」とは何か(結論から)

抗生物質(抗菌薬)は、細菌の増殖に必要な仕組み(細胞壁を作る、タンパク質を作る、DNAを複製する…など)を狙って攻撃します。
ところが細菌は数が多く、世代交代も速いので、偶然の変化(突然変異)や遺伝子の受け渡しによって、
薬に負けにくい個体が生まれます。
そして抗生物質がある環境では、薬に弱い菌は死に、薬に強い菌が生き残りやすくなります。
これがいわゆる「選択圧(せんたくあつ)」です。
この考え方は、厚生労働省の「抗微生物薬適正使用の手引き」でも、細菌が速く進化し、周囲に抗菌薬があると抵抗性を身につけた細菌が生き残りやすい、という形で説明されています。
「耐性がつく」って、どこで起きてるの?(体の中?社会?)
耐性は「あなたの体の中」だけの話ではありません。
耐性菌は、人から人へ/施設から地域へ/環境へと広がり得ます。
だからこそ、個人の飲み方が、将来的に社会全体の治療を難しくすることにつながります。
抗生物質(抗菌薬)と、風邪薬の違い(ここを混ぜると誤解が増える)

「風邪」は多くがウイルス感染です。一方、抗生物質(抗菌薬)は細菌に効く薬です。
つまり、ウイルスが原因の一般的な風邪に対しては、抗菌薬を飲んでも基本的に治りません。
この点は国内のAMR啓発サイトでも明確に整理されています。
| 項目 | ウイルス | 細菌 |
|---|---|---|
| 代表例 | かぜ、インフルエンザ、新型コロナ など | 溶連菌性咽頭炎、細菌性肺炎、尿路感染症 など |
| 抗生物質(抗菌薬) | 基本的に効かない | 効くことが多い(適切な薬・量・期間が重要) |
| 誤用の問題 | 効かないのに使うと、腸内細菌などに選択圧がかかり耐性の温床になり得る | 必要な時は適切に使うことで治療効果が最大化し、耐性化リスクも下げやすい |
ポイントは、「抗菌薬を使わない=正義」ではないこと。
必要な細菌感染に対しては、適切に使うことが患者さんを守ります。
ただし「不要な場面で使う」「不適切に使う」ことが、耐性菌を増やしやすくします。
なぜ耐性ができるの?(メカニズムを“3つのルート”で理解)

ルート1:突然変異(たまたま“効きにくい”個体が出る)
細菌は分裂して増えるたびに、遺伝子のコピーをします。その過程で、まれにミス(突然変異)が起きます。
その変異がたまたま抗菌薬の標的(作用点)を変えてしまうと、薬が結合しにくくなり効きが落ちます。
重要なのは、耐性は「薬を飲んだから新しく生まれる」だけではなく、薬がなくても“偶然”存在し得るということ。
ただし薬がある環境では、その耐性をもつ菌が生き残りやすくなります(選択圧)。
ルート2:遺伝子の受け渡し(他の菌から“耐性パーツ”をもらう)
細菌は、他の細菌から遺伝子を受け取ることがあります(ざっくり言うと“情報の交換”)。
耐性に関わる遺伝子を取り込むと、突然一気に強くなることもあります。
AMRの啓発資料でも、細菌が遺伝子を拾ったり、他の菌から譲り受けたりしながら耐性を獲得し、そこに抗菌薬の選択圧がかかって増える、という流れが説明されています。
ルート3:選択圧(抗菌薬が“弱い菌を減らし、強い菌を残す”)
抗菌薬は本来、病原菌を減らすために使います。
でも同時に、私たちの体には腸内細菌など多くの細菌が住んでいます。
不要な抗菌薬使用や不適切な飲み方があると、病原菌以外にも選択圧がかかり、耐性菌が残りやすくなる可能性があります。
| 耐性が増える3ルート | イメージ | ポイント |
|---|---|---|
| 突然変異 | コピーのミスで偶然“耐性タイプ”が生まれる | 薬がなくても起こり得るが、薬があると生き残りやすい |
| 遺伝子の受け渡し | 他の菌から“耐性のコツ”を丸ごともらう | 一気に耐性が強くなることも |
| 選択圧 | 弱い菌が減り、強い菌が残る | 不必要・不適切な抗菌薬使用が耐性を後押し |
「耐性菌が増える」と何が困る?(個人の問題→医療全体の問題へ)

耐性菌が増えると、ざっくり言えば「効く薬が限られる」状態になります。
その結果として起こりやすいのは次のようなことです。
- 治療が長引く(薬の変更、点滴治療、入院が必要になることがある)
- 副作用リスクが増える(より強い薬・広い範囲に効く薬が必要になりやすい)
- 医療費・社会的負担が増える(検査、入院期間、隔離など)
- 重症化のリスクが上がる(特に高齢者、免疫が弱い人、基礎疾患がある人)
日本の公的情報でも、薬剤耐性菌感染症は診療・感染制御の大きな課題であり、耐性菌では治療薬が限られ治療が長引く、重症化しやすい傾向があると整理されています
世界的にも、AMRは主要な健康課題の一つで、抗微生物薬の誤用・過剰使用が主な要因とされています。
またWHOは2025年の世界的サーベイランス報告として、複数国のデータに基づく耐性状況の分析を公表しています。
どうして「飲み方」が耐性と関係するの?(よくある誤解をほどく)

抗菌薬は「細菌を減らす力」を、体の中で一定以上の強さで維持することが大切です。
中途半端な量・中途半端な期間だと、菌が“完全に減りきらず”に残りやすくなります。
その残った菌の中に、もともと強いタイプが混ざっていると、結果的に「強い菌が生き残る」方向に働きやすくなります(選択圧)。
やってしまいがちなNG例
| やりがち行動 | 何が問題? | どうするのが正解? |
|---|---|---|
| 熱が下がったので途中でやめる | 菌が残って再燃しやすい/耐性が残りやすい方向へ | 医師の指示どおり最後まで |
| 飲み忘れが多い(間隔がバラバラ) | 体内濃度が下がって効きが不安定に | アラーム等で管理、忘れた時は薬剤師に相談 |
| 家族の残りをもらって飲む | 原因菌が違う/量・期間が合わない/副作用や相互作用も危険 | 絶対にしない |
| 「とりあえず抗生物質が欲しい」 | ウイルス感染なら無効、耐性を後押しし得る | 必要性は診察・検査で判断 |
国のAMR対策でも「必要な場合に限り、適切な量を適切な期間」使うことが重要だと繰り返し示されています。
耐性菌って、どんな種類がいるの?(名前は怖いけど“意味”を知れば対策できる)

耐性菌の名前は略語が多く、怖く見えますが、基本は「何に耐性か」が名前になっています。
公的情報でも例として、MRSA、VRE、カルバペネム耐性腸内細菌目細菌などが挙げられています。
- MRSA:メチシリン(βラクタム系の代表的な耐性指標)に耐性をもつ黄色ブドウ球菌
- VRE:バンコマイシンに耐性をもつ腸球菌
- CRE:カルバペネム系に耐性をもつ腸内細菌目細菌(治療選択が難しくなりやすい)
ただし、ここで大事なのは「略語を暗記すること」よりも、
耐性菌が増える背景には“抗菌薬の使い方”と“感染対策”がセットで関係すると理解することです。
症例・具体例:現場でよくある「耐性が心配」ケースをどう説明する?

ケース1:風邪っぽいのに「抗生物質ください」
状況:鼻水・咳・喉の痛み。高熱はない。数日で悪化していない。
説明の骨格(例):
- 「風邪の多くはウイルスが原因で、抗生物質は細菌に効く薬です」
- 「必要ない時に使うと、体の中の細菌に“薬がある環境”ができて、耐性菌が増えやすくなることがあります」
- 「悪化サイン(息苦しさ、高熱が続く、水分がとれない等)があれば再受診しましょう」

ケース2:途中でやめた/飲み忘れた「耐性つきますか?」
状況:症状が軽くなり、自己判断で中止。もしくは飲み忘れが多い。
説明の骨格(例):
- 「耐性は“体が慣れる”のではなく、細菌が生き残る方向に働くことがあります」
- 「特に途中でやめると菌が残って再燃しやすいので、次回は指示どおり飲み切るのが大切です」
- 「飲み忘れ対策(アラーム、食後に固定、ピルケース)を一緒に考えましょう」
ここで強調したいのは、“一回の飲み忘れ=即アウト”という脅しではなく、「次に活かす」支援です。
不安を煽ると、相談せず自己中断が増えることもあります。
ケース3:何度も同じ抗生物質が出る「効かなくなってる?」
状況:似た症状で同系統の抗菌薬が複数回処方された。
説明の骨格(例):
- 「同じ薬でも、原因菌が同じとは限らず、今回も効く場合があります」
- 「ただ、繰り返すときは培養検査や薬剤感受性検査で“どの薬が効くか”を確認することもあります」
- 「症状の経過や再発の背景(治りきっていない、別の原因、生活要因)も重要です」
まとめ:耐性は「体が慣れる」ではなく「菌が生き残る」現象

- 耐性は「人が薬に慣れる」ではなく「細菌が薬に負けない性質を獲得する」
- 耐性が増える背景は、突然変異・遺伝子の受け渡し・選択圧の組み合わせ
- 不要な抗菌薬使用や不適切な飲み方(途中中止・飲み忘れ・残り物)は耐性を後押しし得る
- だからこそ、「必要な時に、適切な薬を、適切な量と期間」が大切
よくある質問(FAQ)
Q. 抗生物質を飲むと、必ず耐性菌が体にできますか?
「必ず」ではありません。ただ、抗菌薬は細菌に選択圧をかけるため、使い方や状況によっては耐性菌が残りやすくなる可能性があります。
不安な時は、自己判断で中止せず、医師・薬剤師に相談してください。
Q. 途中でやめたら、もう同じ薬は一生効かないですか?
“一生効かない”と決まるわけではありません。ですが、治りきらず再燃したり、強い菌が残りやすい方向に働く可能性はあります。
次回からは指示どおり服用し、飲み忘れが多い場合は対策を一緒に考えるのが現実的です。
Q. 「耐性が心配だから抗生物質は飲みたくない」は正しいですか?
細菌感染で抗菌薬が必要なときに使わないと、感染が悪化して重症化することがあります。
大切なのは「必要な時に適切に使う」ことで、ゼロか100かの話ではありません。
Q. 風邪に抗生物質を出してもらうと早く治りますか?
一般的な風邪の多くはウイルスが原因で、抗菌薬は細菌に効く薬です。
必要のない抗菌薬は副作用のデメリットもあり得るため、診察で必要性を判断します。
Q. 耐性菌はどうやって広がるの?
人から人へ、医療・介護施設から地域へ、さらに環境へと広がり得ます。
そのため抗菌薬の適正使用(AMS)と、手洗いなどの感染対策(IPC)がセットで重要になります。
参考文献(最終確認日:2025-12-29)
- 厚生労働省「薬剤耐性(AMR)対策」:
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120172.html
(最終確認日:2025-12-29) - 厚生労働省「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023-2027)」PDF:
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/ap_honbun.pdf
(最終確認日:2025-12-29) - 厚生労働省「抗微生物薬適正使用の手引き 第三版」PDF:
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/001155035.pdf
(最終確認日:2025-12-29) - 国立健康危機管理研究機構(JIHS)AMR臨床リファレンスセンター「薬剤耐性(AMR)について学ぶ(一般向け)」:
https://amr.jihs.go.jp/general/
(最終確認日:2025-12-29) - 国立健康危機管理研究機構(JIHS)AMR臨床リファレンスセンター「耐性化のメカニズム(医療従事者向け)」:
https://amr.jihs.go.jp/medics/2-1-2.html
(最終確認日:2025-12-29) - 国立健康危機管理研究機構(JIHS)感染症情報「薬剤耐性菌感染症」:
https://id-info.jihs.go.jp/diseases/ya/dr/index.html
(最終確認日:2025-12-29) - WHO「Antimicrobial resistance(Fact sheet)」:
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/antimicrobial-resistance
(最終確認日:2025-12-29) - WHO「Global antibiotic resistance surveillance report 2025」:
https://www.who.int/publications/i/item/9789240116337
(最終確認日:2025-12-29) - 内閣感染症危機管理統括庁「薬剤耐性(AMR)対策」:
https://www.caicm.go.jp/action/amr/index.html
(最終確認日:2025-12-29)
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